小笠原諸島は、東京から南へ約1,000キロ。大海原が続くだけにその距離感がいま一つ掴みにくいが、東京を起点にすると種子島・屋久島辺りに相当する。
にっぽん丸などのレジャークルーズとは別に、島を訪れる唯一の足は、船の定期便のみ。1週間ごとに父島と東京の竹芝桟橋とを行き来している。面白いのは島内の商店などの休業日。多くの店舗が定期船の出航日の前日、もしくは入港日の前日となっている。それほどに島の生活は船を中心に廻っているようだ。
人口は父島が1,908名(平成17年3月1日現在)、母島はわずか442名。島の人の話によれば、その人口の3分の1が公務員で、3分の1が建築土木関係者という。
ちなみに周囲の島々は、父・母島を中心に、兄島に弟島、姉島に妹島、聟(むこ)島に嫁島、果ては姪島や孫島など、血縁の名称が付けられているのが微笑ましい。
小笠原の歴史は、先史時代に先住民が居住していたと思われるが、文明史上では長い間無人島の時代が続いた。
1593年に小笠原貞頼によって発見されたと伝えられ、人が定住したのは江戸時代の後期。それは欧米人やハワイの先住民だった。しかしその後、江戸幕府や明治政府の調査・開拓によって、1876年(明治9)には国際的に日本の領土として認められている。
小笠原が最盛期であったのが、大正から昭和初期。捕鯨を中心とした漁業により、人口も約7,000人を数えた。 |