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熊野古道

新宮(和歌山県)熊野古道 古道への玄関口、新宮を訪れる
はるか古より、深い山々を越えるこの小径をどれほど多くの人々が歩んだことだろう。
ある人は、悩める心の救いを求め、またある人は、明日へとつながる新たな希望を願って。
いま注目を浴び、世界遺産にも登録された「熊野古道」
にっぽん丸は、この古道への玄関口、新宮を訪れる。
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熊野古道

寄港地散策「この頃は、ようけ歩きなさるな〜。わたしらには、きつうて、とてもかなわん」。道を尋ねるとおばあさんが微笑みながら話をしてくれた。よく聞けば自分の家の山を、熊野古道が走っているとのこと。

「夏は暑うてたまらんでしょ。だからいちばん少ないです。春とか秋の気候のいいシーズンには、大勢さんがみえます」と、ハンドルを右に左に忙しく切りながら教えてくれたのは、地元のバスの運転手さん。

どうやら”古道ブーム“のようだ。

八十八霊場を巡る四国のお遍路さんも、昨今は多くの善男善女で賑わっているそうだが、九十九王子を歩むこちら熊野古道も、負けず劣らず人気が高い。

それには、健康維持を目的とした、中高年層のトレッキング流行の影響もあるようだ。しかし意外なことに古道を訪ねる若い世代も多いという。心の癒しを求める時代背景も、大きな一因なのかもしれない。

熊野古道の歴史は、平安時代中期にまで遡る。

古来より聖域とされてきた熊野。本宮大社、速玉大社、那智大社の熊野三山。この地に907年(延喜7年)に宇多法王が最初に参詣してから、亀山上皇に至る375年間に、歴代の法王・上皇たちの熊野御幸は100回にも及び、多くの貴族や知識人たちもこれを倣った。

はるか下って江戸期に入ると”伊勢に七度、熊野に三度“と詠われたように、熊野詣は武士や庶民にまで裾野が広がり、「蟻の熊野詣」とも表現されたように最盛期を迎える。そして古道も次第に整備され、物見遊山をかねての参拝のせいもあってか、沿道も大変な賑わいを見せたようだ。

熊野古道にはいくつかのルートがある。京都から淀川を下り大阪に出て陸路を南下する紀伊路(きいじ)。そして紀伊田辺からは、山中に分け入る中辺路(なかへち)と、南紀の海岸沿いに那智に至る大辺路(おおへち)に。また、伊勢を通って三重県の海岸沿いを走るのが伊勢路(いせじ)。伊勢路は熊野市から山路を辿り本宮に至る道と、海岸伝いの道とに分かれている。そしてもう一つ高野山から険しい山並みを踏破する小辺路(こへち)というルートもある。

さて、九十九王子の「王子」とは、仏教で「童子」の意で、熊野権現の分身を祀った神社を指す。王子は古道に沿って数キロごとの間隔で建てられ、参詣時の休憩所や宿泊所として利用されてきた。大規模な王子では、かつては歌会や神楽なども催されたという。ちなみに九十九の数字は、さほどに数が多いという意味だ。

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