パラオが歴史(西洋史)に登場するのは16世紀のこと。しかしヨーロッパとの交易による交流が盛んになるのは18世紀以降になる。その後19世紀後半に15年間ほどスペインの植民地となるが、1899年にはドイツに売却されてしまう。そして第一次世界大戦終了後1914年に国際連盟によって日本の委任統治領となった。
以降34年間、南洋諸島全体の南洋本庁がパラオに置かれるなど、この国と日本との関係は深くなる。太平洋戦争前の一時期のコロール市には、パラオ人1,287名に対して、なんと13,700人もの日本人が居住していたという記録が残されている。
当然ことながら、その名残がいまも言葉に見られる。「シャシン」「ベントー」「ダイジョーブ」など、そのままパラオ語になった日本語も少なくない。また年配者には日本語の達者な方も多いようだ。
街中には「パラオ公園」と日本語で刻まれた碑や、かつての南洋神社も残る。また前大統領のクニオ・ナカムラ氏は、その名の通り日本人の血が流れている方だ。改めて日本との深い縁を実感する思いだ。 |